奨学金は何歳まで返す?36歳で返済が残る私が感じた後悔と違和感
36歳になった今も、私は奨学金を返し続けています。
結婚して、子どもがいて、家計全体を見る立場になってから、この返済が思っていた以上に重いものだったと気づきました。
奨学金は「若いうちに返し終わるもの」だと思っていた。
でも現実には、進学、就職、結婚、出産と人生のステージが進んでも、18歳のときに決めた借金は、ずっと隣に残り続けています。
この記事では、「奨学金は何歳まで返すのか?」という疑問に、36歳の当事者として向き合いながら、返済が続く中で感じてきた後悔や、親とのお金の話に残った違和感を整理します。
奨学金を返している30代の人、これから子どもの進学を考える立場になった人。
ひとつの視点として読んでもらえたら嬉しいです。
36歳になっても奨学金の返済が終わらない現実
奨学金の返済は、人生の節目を迎えても終わらないことがある。36歳になった今も返済が続く中で、その重さを実感するようになった。
私の奨学金の返済期間は20年。
大学を卒業した22歳から、240回の分割で返し続けている。
進学したこと自体を、後悔しているわけではない。
大学を卒業し、社会人になり、結婚して、子どもを産んだ。
人生のステージは、確実に前に進んできた。
それでも、奨学金の返済だけは、ずっと同じ場所に座り続けている感覚がある。
18歳のときに決めた選択が、36歳になった今も、家計の一部として存在している。
若い頃は、「働いていれば、そのうち終わるもの」だと思っていた。
でも、結婚や出産を経て、家計全体を見る立場になってから、この返済の重さを実感するようになった。
月々の返済額は、家計を一気に壊すほどではない。
それでも、長く続くことで、人生の選択肢に静かに影響を与え続ける。
それが、奨学金という借金の現実だった。
奨学金を借りた18歳の私は、何もわかっていなかった
奨学金を借りた当時、返済期間や利子について深く理解していなかった。18歳の判断が、その後の人生に長く影響するとは想像できなかった。
正直に言うと、私は「どうしても大学に行きたい」と思っていたわけではなかった。
勉強が特別好きだったわけでも、将来なりたい職業が決まっていたわけでもない。
それよりも気になっていたのは、
「この家で、大学の学費を本当に払えるのだろうか?」ということだった。
普段の生活では、我慢することも多かった。
お金の話は、どこか慎重に扱われていて、深く踏み込まれない雰囲気も感じていた。
だから進路を考えたとき、私は両親にこう聞いた。
「大学に行かずに、就職した方がいいかな」
返ってきたのは、
「行ける学力があるなら、大学には行っておいた方がいい」という言葉だった。
その言葉を聞いて、私は少し安心した。
「大学に行っても大丈夫なんだ」と、許可をもらえた気がしたからだ。
でも今振り返ると、その言葉の中には、
学費はいくらかかるのか
誰がどこまで負担するのか
奨学金とは何なのか
といった、具体的な話はほとんど含まれていなかった。
奨学金という決断|よくわからないまま借りたお金
奨学金は制度として身近でも、実態は長期にわたる借金だった。借りる総額や返済の重さを把握しないまま、契約が進んでいった。
首都圏の大学に進学するとなると、学費だけでなく、一人暮らしの生活費もかかる。
それをすべて親が負担するのは、現実的ではなかった。
だから「奨学金を借りる」という選択肢は、ごく自然に出てきた。
ただ、そのときの私は、
奨学金が借金であるという実感を、ほとんど持っていなかった。
利子があること。
返済が何十年も続くこと。
最終的に、いくら返すことになるのか。
そういったことを、きちんと理解しないまま、借りる金額が決まっていった。
18歳の私にとって、「数百万円」という金額は、あまりにも現実味がなかった。
そのお金が、将来の自分に、どれだけ長く影響するのかなんて、想像もできなかった。
書類に名前を書いて、判を押して、
「これで大学に行けるんだ」と思った。
それ以上の感情は、ほとんどなかった。
今思うと、18歳の子どもが、
マネーリテラシーも乏しいまま、数百万円単位の契約を結ぶというのは、かなり残酷な仕組みだったと思う。
「一緒に払う」と言われた気がしていた親とのすれ違い
奨学金の返済について、親との認識にはズレがあった。「一緒に払う」という感覚は、言葉ではなく期待として残っていた。
奨学金の話をしていたとき、両親は「一緒に返していこう」と言ってくれた。
私の記憶の中では、そうなっている。
はっきりとした言葉だったのか、雰囲気だったのか、
「できる範囲で」という前置きがあったのか。
そこまでは、もう思い出せない。
でも当時の私は、
「全部を自分ひとりで背負うわけじゃない」
そう受け取っていた。
卒業して返済が始まり、気づけば、返済はずっと私ひとりのものになっていた。
結婚し、仕事を辞め、今は夫の収入から奨学金を返している。
あるとき、ふと気になって、親に聞いたことがある。
「奨学金、前に一緒に払うって言ってなかったっけ?」
返ってきたのは、
「そんなこと言ったっけ?」という言葉だった。
責めるような口調ではなく、本当に覚えていない様子だった。
そのとき、自分の記憶が間違っていたのかもしれない、とも思った。
それでも、「一緒に」という安心感だけは、確かに存在していた。
そのズレが、今も小さな違和感として残っている。
親を責めきれない理由
親にも事情や限界があったことは理解している。だからこそ、簡単に責められないまま、気持ちだけが宙に浮いていた。
正直に言えば、「それでも親にも責任はあるんじゃないか」と思う瞬間は、何度もあった。
でも同時に、強く責めきれない理由も、いくつも浮かんでくる。
両親は、いわゆるマネーリテラシーが高いタイプではなかった。
投資の話をしていた記憶はないし、日々のお金のやりくりに追われていた印象が強い。
奨学金についても、「借りたらどうなるのか」を深く理解していたとは思えない。
利子の仕組みも、返済期間の長さも、きっと私と同じように、ぼんやりとしか知らなかったのだと思う。
当時の社会の空気も、影響していた。
奨学金は「借金」というより、「進学するための制度」として受け取られていた。
周囲にも奨学金を借りて大学に行く人は多く、それを疑う雰囲気は、ほとんどなかった。
両親なりに、できる範囲で考え、できる範囲で応援してくれていたのだと思う。
大学に行くことを止めなかったのも、私の将来を思ってのことだったはずだ。
そう考えると、「親が悪い」と簡単に言うことはできない。
もし同じ状況に置かれたら、当時の両親とまったく違う判断ができただろうか。
私も「行けるなら大学には行っておいた方がいい」と言う気がする。
だからこの話は、親を恨んでいる話ではない。
それでも消えない違和感
理解と納得は、必ずしも一致しない。親になった今だからこそ、当時の判断に違和感を覚えるようになった。
理解はできる。
仕方がなかったのかもしれない、とも思う。
それでも、違和感は消えなかった。
36歳になり、自分が親になり、家計の数字を現実として扱うようになって、ようやく見えてきたものがある。
もし今、自分の子どもが
「奨学金を借りて大学に行きたい」と言ったら、私はどうするだろうか。
総額はいくらになるのか。
返済は何年続くのか。
利子はどれくらいかかるのか。
その返済が、将来の生活にどんな影響を与えるのか。
少なくとも、「よくわからないまま」にはしないと思う。
高校生だったあの頃の私に、
誰かが立ち止まって、こうした話をしてくれていただろうか。
答えは、たぶん「ない」。
今も奨学金の返済は続いている。
それは、過去の選択の結果であり、今の生活の一部でもある。
自分の責任だったと理解している。
誰かに押しつけたいわけでもない。
ただ、この違和感だけは、なかったことにしたくなかった。
結婚・出産後にわかった奨学金返済の重さ
結婚や出産を経て、奨学金の返済は家計全体の問題になった。月々の金額以上に、長期的な影響の大きさを感じている。
奨学金の返済は、今は夫の収入から支払っている。
それを、誰かに責められたことはない。
夫自身も、何も言わない。
それでも私は、ときどき立ち止まってしまう。
これは、誰の借金なんだろう、と。
名義は私で、決断したのも過去の私だ。
けれど今の生活の中では、私ひとりの問題ではなくなっている。
返済が始まった頃は、「働いていれば、いつか終わるもの」だと思っていた。
でも、結婚や出産を経て、家計全体を見るようになってから、この返済が占める位置の重さを、あらためて実感するようになった。
私の奨学金の条件は、次の通りだ。
- 返済期間:20年(240回)
- 借用金額:3,840,000円
- 返済総額:5,167,586円
- 年利率:3%
月々の返済額は約2万円。
一見すると、家計を一気に壊す金額ではない。
それでも、何年も続くとなると話は別だ。
この返済がなければ、子どもの教育費にもう少し余裕を持てたかもしれない。
貯蓄のスピードも、違っていたかもしれない。
そう思ってしまう自分がいる。
そして何より、夫の収入から奨学金を返していることに、強い罪悪感がある。
第一種に落ちた理由を、今になって考えてしまう
無利子の奨学金に落ちた理由を、大人になってから理解した。収入の多さと家計の余裕は、必ずしも一致しない。
当時、家の経済状況は決してよくないと思っていた。
だから、無利子の第一種奨学金を申し込んだ。
結果は、親の収入・所得が基準を超えているという理由で不採用だった。
そのときに提出した父の年収を見て、正直、驚いた。
自分が想像していたよりも、ずっと多かったからだ。
あの頃感じていた「うちはお金がない」という感覚は、
収入が少ないからではなかった。
収入に対して、出ていくお金が多かっただけだった。
大人になった今なら、少し冷静に見える。
父は、浪費家だったのだと思う。
仕事上必要な出費があったことも理解している。
それでも、仕事とは直接関係のない服や靴、鞄などに、かなりの金額を使っていた記憶がある。
その結果として、
「収入はあるのに、余裕はない」という状態が生まれ、
そのしわ寄せが、奨学金という形で自分に回ってきた。
この本音を、親に伝えるつもりはない。
伝えたところで、誰かが楽になるわけでもないからだ。
ただ、自分の中でなかったことにしてしまうのは、それもまた違う気がした。
だから今、奨学金の終わりをどう迎えたいか
奨学金を早く終わらせるだけでなく、意味づけをしたいと思うようになった。返済の過程を振り返り、納得して終わりを迎えたい。
最近になって、少しずつお金の勉強をするようになった。
その中で、自分の奨学金が家計の中でどれくらいの重さを持っているのか、ようやく実感を伴って考えられるようになった。
繰り上げ返済をして、残額は今、50万円を切っている。
このままいけば、子どもの教育費が本格的にかかる前に、払い終えることができる計算だ。
数字だけを見れば、もう少しで終わる話なのかもしれない。
でも私にとっては、単に返済が終わる、というだけでは足りなかった。
なぜ借りたのか。
どう返してきたのか。
その過程で、何を感じてきたのか。
それを一度、言葉にして整理してから、終わりを迎えたいと思った。
奨学金は、私にとって単なる借金ではない。
知識のなさや、世代の価値観、家族との距離感が重なった結果だった。
だからこそ、なかったことにせず、言葉にしてから終わらせる。
子どもたちには、同じ思いをさせたくない
奨学金そのものを否定したいわけではない。ただ、「よくわからないまま選ぶ」状況だけは、次の世代に残したくない。
もし将来、子どもが進学を考えるときには、
お金の話も、選択肢も、曖昧にせず、必ず一緒に考える。
奨学金を借りること自体に、正解も不正解もない。
でも、その選択がどれくらいの時間と負担を伴うのかは、きちんと説明したい。
怖がらせるためではない。
選べるようにするためだ。
子どもがお金の理由で、人生の選択を曖昧にさせない。
私が抱えてきた後悔は、私のものとして引き受ける。
この文章は、誰かを責めるためのものではない。
そして、奨学金を借りたこと自体を否定する話でもない。
ただ、「よくわからないまま選ぶこと」が、どれだけ長く影響するかを、残しておきたかった。
36歳になった今も続く奨学金の返済は、
私にとって、過去と現在をつなぐ現実だ。
そして、これから先の選択を、曖昧にしないための材料でもある。
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